2010年6月19日土曜日

韓国哨戒艦沈没のその後の経緯

韓国哨戒艦が沈没した事件の前回エントリからの動きを整理する。
  • 2010年3月26日、韓国の哨戒艦「天安」(チョンアン 又は チョナン)が沈没。乗員46人が死亡。
  • 2010年5月20日、合同調査団が、韓国哨戒艦の沈没の原因は北朝鮮の潜水艦が発射した魚雷によるものであると公式に発表した。
  • 2010年6月14日、国連安保理の非公開会合で、日本の高須幸雄国連大使が見解を発表し、北朝鮮の魚雷を沈没原因とするのが唯一の説明であると述べたうえで、安保理は断固とした対応をするべきだが 報復攻撃を誘発する行為は避けねばならないと指摘した。攻撃を否定し続けている北朝鮮の言い分には「ほとんど実体が伴わない」と批判。さらに、北朝鮮はこの件の被害者であると主張してきたが、同国代表団はその主張を深めることはできなかったと語った。(CNN
  • 2010年6月15日、国連の安全保障理事会が韓国の哨戒艦沈没事件についての協議を開始したことを受け、北朝鮮の申善虎 (シン・ソンホ)国連大使、安保理が北朝鮮を非難する決議や声明を採択した場合、軍事的行動も辞さないと牽制した。
  • 2010年6月18日、韓国哨戒艦沈没事件で国連安全保障理事会が北朝鮮を非難する文書を採択した場合、報復の軍事行動を取るとした北朝鮮の申善虎国連大使の発言を、国連の潘基文事務総長が批判した。

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